大学を卒業後、高校の時に抱いた身体のスペシャリストになると言う夢を追いかけてリハビリの専門学校の理学療法学科へと進学する。
因みにこの学校は新設の学校で、私が入学した時が1期生のスタートだった。真新しい校舎で全てが初めて‼︎今思えば先輩が居ない事の自由さもあったが、先輩が居ないが故の苦労も沢山あったと思う。
高校→大学→専門学校と進学するに従って周囲の仲間も変わって行った。より専門性が高くなる事で、志が近い仲間たちが集まってくるのだ。
これが所謂「類は友を呼ぶ」と言う事なのだろうか。
ここで出会った仲間達もまた最高だった。
大学を卒業して専門学校に入学した私は、周りの現役の学生より4歳年上のお兄さん的なポジションだった。当時の仲間とはよく勉強もしたが、よく飲み歩き、よく遊んだ。
ここで遊び方を教えてしまい、そっちにハマってしまった仲間がいる事にはここでお詫びしておこう…笑
専門学生時代は高校・大学にも増して全て全力で取り組んだ。
勉強、ボクシング、バイト、遊び…やる時は全て全力だった。今思えば無駄な時間も多かっただろうが、当時は全力のつもりだった。
国家資格を取ると言う事は生半可ではない。人生の中でもこんなに勉強に時間を費やした事は無かった。と言うか今まではそこまで本気で勉強をした事が無かったのかもしれない。
兎に角知識の詰め込み作業だったが、自分の夢を叶える為の手段としては必要なら事だったので必死に頑張った。
学生時代の苦行と言えば「実習」だ。
今でこそ指導の仕方や課題の量など優しくなっているが、当時はまだまだ厳しい実習だった。
初めての実習ではドクターからも課題が出されて、要領の悪い私は朝まで課題に追われて本当に眠らずに翌日を迎えてしまった事もあった。
この実習と言う経験は、実際に現場を見れたという所でかなり新鮮だった。
今まで机上で勉強していた事が実際に目の前に起きている。
まさに点と点が少しずつ繋がって行く感覚だった。
実習後に各自発表をするのだが、経験した事学んだ事を理解し、咀嚼して、まとめて、言葉にして伝える。アウトプッする事の大切さを学んだ
2年生の時には、父の退職をきっかけにホノルルマラソンにも挑戦した。
父と妹とその友達との挑戦だった。特に特別な練習をするわけでもなく、ボクシングでのロードワークをしているから走れるだろうと言う甘い考えでの挑戦だった。
なんとか皆んな完走はしたが、フルマラソンの過酷さを知った…
走る事に関してはまた詳しく書いていきたい。
3年生の頃はカンボジアに研修旅行へ。
アンコールワットの小児病棟とハンディキャップセンターと言う地雷で手足を失った方々のリハビリ施設の見学研修が主な目的だった。
カンボジアは過去にポルポト政権により、知識者は殺害され、医療や教育のレベルが低下した。充分な教育や医療も受けられず国民生活は更に困窮していった。
有名な遺跡、アンコールワットに描かれている彫刻も過去の戦いのや争いの記録がほとんどだった事を今でも覚えている。
ここで出会ったガイドのサンディもそんな争いに巻き込まれた1人だった。彼も小さい頃はマシンガンを持ち戦地に立っていた。
彼は悲しそうに「家族を守る為には僕がやらなきゃいけなかった…」と悲しげに話していた。
今回のカンボジアもそうだが、海外旅行では沢山の出会いや経験をした。これらの話しも今後また詳しく綴って行きたい。
専門学校の最終試練と言えば国家試験だ。
ここに合格しなければ、世間一般からすれば理学療法士ではなく、ただの詳しい人になってしまう。3年間の集大成だ‼︎
朝から晩まで兎に角必死に勉強した。
前に言ったが、私達は学院の1期生出会った為前例や先輩たちのアドバイス等も無かった為全て手探りだった。
決して要領がいいわけでは無い私は点数もなかなか上がらず困難を要した。
元来なんでも理解してからやろうとする為準備には時間がかかるタイプだった。
結果を出せる仲間たちを羨ましがる事もあった。勉強法を聞くと、過去問を解きまくって、反射神経のように答えを覚えて行くのだと言っていた。
この勉強法は意味が有るのか⁇と思ったがやってみた。
点数が上がった‼︎
理解する事に時間を掛けるより答えを覚えて、そこから理解して行くと言う方法を知った。
行動をしてみる事で気付ける事だった。
何事にも時間をかけ過ぎていたなと改めて感じた。今でもこの悪癖は直ぐに出て来てしまう。一生懸命になっている時ほど、ふと立ち止まって自分を見直す事を忘れないようにしようと思う。
そんなこんなで、いざ国家試験‼︎
前日は「この時がいよいよ来たか」と緊張とワクワクが入り混じって居た。
やれる事は全てやり尽くした‼︎後は天に任せよう‼︎
武者震いがして落ち着かなかった。
母から景気付けにうなぎをご馳走になり更にエネルギーMAX‼︎
夜は同期と一緒にカラオケとビールで身体と心を落ち着かせたのは懐かしい思い出だ。
当日、いざ試験開始‼︎
午前中の試験を終えて一気に不安がよぎる…
確実に解けた問題とあやふやな問題。答え合わせをしている周囲の声が更に不安を煽った。
午後は開き直ってなるようになれと落ち着いて受ける事が出来た。
試験後は仲間内で打上げ‼︎これで終わったんだと思う気持ちもあったが、不安の残る中でお酒はあまり味がしなかった…
翌日には自己採点を終え、何とか合格圏内。ほっと胸を撫でおろす。
直感的に就職先は関東を希望した。
大学で様々な経験をした中で、関東に行けば成長できると言う確信があった。福岡は居心地が良過ぎて何かと甘えてしまいそうな気がした。
そんなこんなであっという間に卒業式。
3年間理学療法士になる事を目標にひたすら頑張って来た。ここまで来れた事に学舎、先生、仲間たち、親とたくさんの感謝の気持ちが溢れた。
しかし、これからの人生に於いてはまだまだ通過点。寧ろスタート地点に立てたという事を嬉しくワクワクして居た事を思い出す。
専門学校では沢山の知識と仲間との出会いに溢れた3年間だった。