高校生活はボクシングがやりたくて某男子校に進学する。
とカッコよく言えばこんな感じだが、正しくは第一志望の高校に落ちて進んだ高校だった。笑
ボクシングをやりたいという思いは変わらなかったので、迷わずボクシング部の門を叩く‼︎
ここから私のボクシング人生はスタートする‼︎
なぜボクシングに転向したかと言うと、元々身体も大きい方では無かったので、剣道では体格差で崩される事が多かった。
まぁこんな事は勝てない理由にはならないが…
ボクシングは階級制なので、同じ体格の相手なら負けないだろうと言うところと、剣道は一本取られたら勝負が着くが、ボクシングなら多少いいパンチを貰っても倒れなければ勝負は続けられると言う勝負感の違いに魅せられたのがボクシングに転向した理由だ。
門を叩いた高校は伝統あるボクシング強豪校だった。
選手達もそもそものマインドが違っていた。
インターハイに出場する事は目標ではなく最低条件‼︎そこから更に全国制覇と言う目標の元、練習していた。
今ままではどこでするかと言うよりは何をするかが大切と思っていたが、この高校に入ってどこでするかの環境も大切なのだと知った。
ボクシング部は毎日が地獄だった…
洗礼を受けたのは入学前の合宿だ。
志賀島に1週間軟禁状態で走り込みだ。
朝は6時から砂浜を走り、昼は海浜公園を走る。兎に角毎日走る。
中学の部活引退から長らく経っていたので体力も無い状態で必死に食らいつく。筋肉痛でトイレで用を足すのも一苦労。
ただこの合宿、静遊館と言う旅館で泊まり込みだったのだがご飯がとてつもなく美味かった‼︎
志賀島で採れた新鮮な魚介類がふんだんに出て来た‼︎今はもう閉館してしまったが、今でのここの料理は志賀島センターの海鮮レストラン遊で味わえるのでお近くにお越しの際は是非立ち寄って頂きたい。笑
地獄の合宿を終えても、最初の1ヶ月は兎に角ランニング。基礎体力が大切‼︎なのは解るがここで新入部員は篩にかけられる。
当時、ファイトクラブと言うTV番組の影響でボクシングに興味を持つ生徒は多くいた。それこそ最初は30人くらいの新入部員が入って来た。
その部員達も、ランニングの毎日に1人辞め、2人辞め…この時点で1/3くらいは退部したかな。
1ヶ月のランニングが終わると次は縄跳‼︎
先輩達が練習をするなか延々と縄跳を跳ぶ。
ゴールデンウィークを過ぎた辺りでようやく鏡の前で構えの練習。動かず、ただ構えるだけ。
この頃になると部員は半数くらいに減っている。
構えが終わると、ジャブ→ストレート→ワンツーと少しずつボクシングの動きが入ってくる。
基礎練習を終えて夏休みくらいには初の実戦‼︎
最初は怖かったなぁ…何をして良いのかも解らず、必死に習ったワンツーを繰り返してたかな。笑
ボクシング部では本当に良く鍛えて貰った。今では時効だが、先輩方からのしごきも辛かった…
一年生の誰かがミスをすると連帯責任でしごき…
延々と続く空気椅子、腹筋、腕立て、ボディ撃ち…キツかったなぁ。
まぁここでかなりメンタルも鍛えられたかな‼︎笑
ここで更に部員は減り、最終的には卒業した時は私を含めて6人になった。この戦友達は今でも深い絆で繋がっている笑
そんな厳しい練習を毎日繰り返し、高校2年生の頃インターハイ予選でデビュー‼︎
あれよあれよと勝ち進み、まさかの県大会優勝‼︎2年生にしてインターハイの切符を手にする‼︎
ここで基準値も変わった、インターハイが目標ではなく通過点だと。
今でこそアマチュアボクシングのレベルも上がり、小さい頃からずっとやっている選手も増えたので高校からの叩き上げは難しくなったが、当時はまだまだマイナースポーツで高校から始めても努力と根性でインターハイくらいは行けた。笑
高校2年生でインターハイと国体を経験し、3年生の頃には九州大会で優勝する事も出来た。
しかし、全国大会では良い成績は納められなかった。
周囲からは強い強いと言われてはいたが勝負には勝てない…この理由は第2章で語ろう。
皆さんはボクシングと聞くと怖い、痛いの他に厳しい減量をイメージするでしょう。
ボクシングは階級スポーツなのでリングに上がる条件として体重のリミットがある。
先ずは相手と闘う前に自分との闘いがある。それが減量だ。
育ち盛り、食べ盛りの高校生にとってこんな酷なことは無いだろう…最初は減量に関して何の知識も経験も無かったので、兎に角飲まず食わずで体重を落とした。ふらふらだった…
高校2年生の頃はフェザー級と言う階級でリミットは57kg。この時は3kgくらいの減量だったので、今思えば楽勝だが当時は辛かった…
高校3年生になると身体も大きくなっていたにも関わらず1階級を落としてバンタム級へ。
バンタム級のリミットは54kg。
普段は62〜63kgあったので9kgの減量だった。
アマチュアボクシングは試合当日の朝に計量があるのだが、なかなか体重が落ちない時は、夢にも減量が出て来る。
高校生の当時は1日で5kg落とした時もあった。
朝サウナスーツを着込んでランニングをして-1.5kg、日中飲まず食わずで-1kg、夕方練習で-2.5kgと言った按配だ。
こんな落とし方は2度と出来ないし、したくも無い。まぁする必要も無いが…笑
こんな無茶苦茶な減量だった分リバウンドも凄かった。
試合が終われば直ぐに60kgくらいには戻る。
落とすのは辛いが増やすのは簡単だった。
当時は食生活面でもサポートしてくれた母には感謝しかない。
3年生の時にはキャプテンも任され、部員を引っ張りながら自身のトレーニングにも励む。
ここで私の中で疑問点が浮かび上がる。
闇雲にやっていたトレーニングや減量だったが、自分をもっと効率的に強くするためにはどうしたら良いだろう…と言う疑問だ。
そうだ⁉︎身体を知り尽くすプロになろう‼︎
そんな時、母から理学療法士と言う存在を教えて貰う。
これしかない‼︎
ここで私の夢が理学療法士になる事として確定する‼︎
高校時代はボクシングに始まり、ボクシングで終わったと言っても過言では無いくらいボクシングしかしていなかった。
高校卒業間近、自分の中で進路を理学療法士と決めて、専門学校の願書も取り寄せていた。
そんな時、某体育大学から声が掛かった。
ボクシングをまだまだしたかった事と、体育大学で有れば身体やトレーニングの事も学べるだろうと大学へと進学する。